こころのいちばんやはらかいところ

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うたう、ということ

そうっとしておく思いやりは
暗黙の了解で
だけどそれでよかったのかな
わたしにはわからない
そうして欲しいと乞われたら
そうしてしまうかもしれない
でも、できればこの胸で
眠らせてあげたい、と
そう思う

夢をみさせてくれたなら
夢をみさせてあげたいと
そうでありたいと切にねがう
その瞬間まで生きて欲しい
そうであってほしいとねがう

生きることは常に哀しく痛い
哀しみのなかに生まれる歌
まだ見ぬ喜びの中に生きる唄
誰も知らぬせかいのうた
生きてるだけで口ずさむ唱
まだ、詠っていない歌
死んでからもうたわれるウタ

そうであってほしいと想う
そうでありたいと思う

太古の昔からこの地上に
うたが消えないのは
何故なんだろう
そこに人がいる

全ての「人」という詩人に
哀悼のうたを

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6 Comments

彼岸花さん says..."いいですねえ。"
良い。とっても良い。
とっても好き。

ああ、真冬さん。女同士でもなんだか好きになっちゃう(笑)。
と言っても、彼岸花さん、別にその気はありませんのでご安心ください(笑)。
まあ、あっても真冬さんはそんなこと気になさらない方だと思うけど(笑)。

ありがとうございます。そう申しあげれば、伝わると思いますが、
ほんとに、私たち、どこか似ているところがあるかもしれませんね。
だからこの詩にいたく惹かれました。

生きていくってほんとに体が痛くなるよう。
喜びの歌も、すぐに悲しみの歌、
時には慟哭の唄に変わってしまう。

それほど人の感情は脆いもの。
それほど人の暮らしは、揺れ動く葦舟の上で
営まれてでもいるかのように、
不安定で、先も見えないもの。

でも、それが愛しい。
生きているなら、人生を愛し抜くしかないじゃないですか。ね?
顔をしゃんと前に向けて、決然として
生きていくしかない。
そういうところ。共感し合うのかな。

とっても好きです。この詩(うた)。 
2009.10.23 11:07 | URL | #bKDOO.Zg [edit]
says..."管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009.10.23 13:28 | | # [edit]
眞冬 says..."彼岸花さんへ。"
ただいま、彼岸花さん。
今、仕事から帰ってきました。
お返事がおそくなりすいません。

ありがとうございます。
なんだか照れくさいですが、素直に嬉しいです。

生きるって痛いことのほうが多いです、本当。
だからこそ大事なものを守りたい、を思うのです。
それは「こころ」「想い」でしょうか。
そして不器用な自分。

私は文章とかが苦手で、本も難しかったりすると
その本に嫌われてしまう(苦笑)
頭で理解することが難しく、
映像や色でものを考えるタイプです。
だからとってものろま(笑)
詩は、そんな眞冬に寄り添ってくれる言葉なんです。

揺れることを素直に受け入れ、
でも、背骨は真っ直ぐに。
そんな人になりたいと思います。

ありがとうございます。
今日は少し仕事で凹みましたが、
こうしてお返事をかいているうちに、落ち着いてきました。
ありがとうございます。

2009.10.23 22:40 | URL | #- [edit]
89 says..."こんばんわ"
[痛み]というのは
いわゆる警告であり
身を守る為にある神経
といわれていて
身体的 肉体的
あらゆる痛みが
ありますが
痛みを強く感じる者程
身を守って生きたいと
する逆に生命力のある
人間であるかもしれず
でも時折耐えきれずに
それが叶わずに弱って

そんなには強くなく
でも弱いからではなく
それこそが人であって
そんなところが詩的で
と…読んで思いました

ちょくちょく
拝見しています
こんな詩が書きたいな
でも書けないな
という詩を
眞冬さんはたくさん
書いてらっしゃって(笑)
クロスロードなどなど
大変いいなと思います
ではまた
2009.10.25 01:50 | URL | #ZK/TaodE [edit]
眞冬 says..."89さんへ"
こんにちは。
お返事がおそくなりすいません。

そうですね「痛み」は生きていることを感じるためには
どうも必要な感覚みたいですね。
誰でも、避けたいものではありますが。

詩をたくさん読んでくださりありがとうございます。
もう少し若いころは精神的領域で書く詩がおおく、
「痛み」に鈍感だったような気がします。
こころで書くようになると、血やおどろおどろしい表現が
出来なくなるのです。
「人」から離れないというのはそういうことかもしれません。
生きることに目を向けて、でも正直に書いていくと
いつも「頑張ろうよ!ねっ?」といった、
無責任な発言も出来なくなります。
負がかかることが多いかとも思いますが
自分の生きてきた中で表現できることに
妥協をせずに、凌ぎを削っていたいと常に思っています。
スランプのときはそれなりの詩になりますが
それでもその中のベストを尽くします。
何をしても、それを詩に変換してみます。
言葉喰らいってやつですかね。

89さん、継続の中にそれは生まれるのだと思います。
詩は、何でも表現というのはそうですが生きることと同じで
その人生の中に寄り添っているのだと思います。
しぶとい「ねんきが入ってる」ってやつかもしれませんよ。笑

ありがとうございます。







2009.10.25 11:53 | URL | #- [edit]
says..."管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009.10.28 00:16 | | # [edit]

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