こころのいちばんやはらかいところ

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がらんどうの家に


がらんどうの家に置いてきたもの
過ぎ去ってみれば証のようなもの
こころの内側に小さな日向
そんな風景もあったかもしれないと
しまえる箱がありますように

壁の画鋲に留められた
寄りかかるため息の色
在りし日の気配は
積った塵が光の帯に遊び戯れ

忘れられた子ども部屋
存在を隠す北向きの窓
孤独を片付けない和室
生きる仕草をする洗面所
それでも繋いだキッチン

遮るカーテンのないリビング
沈黙をくすぐる過の日差しは
ことのほか眩い



がらんどうの家に見たものは
ごっそり抜けた其処にあった暮らし
無邪気に笑っていた日々を
平気で「嘘でした」と言ってしまう
いのちでありませんように


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6 Comments

Hiro says...""
ふと振り返った時何をそこに思うのか
何がそこに見えるのか、満足感か後悔か・・・
どちらにしても明日へ向かう力にしたいです。
2010.04.18 09:16 | URL | #6DmvVsvc [edit]
眞冬 says...""
Hiroさんへ。
おはようございます^^。
久々の作品にコメントをありがとうございます。

満足感というのは、それをしているときに感じるもので、
終わった後は達成感でしょうか。
満足感と達成感は似ているようで違います。

基本的に、反省はしますが後悔はしない性質です。
いつかの(永眠る)自分に頷いてあげるために。
自分でしたこと、置き去りにはせず連れていきます。
だから反省なんです。肥やしにしましょう^^。

ありがとうございます^^。
2010.04.18 09:49 | URL | #- [edit]
ichii says...""
良いことも悪いことも、体験してきた全てのことが『自分の人生』という本の1ページなんだと受け入れるには、結構なエネルギーと時間が必要で。
私の人生の本も今そんなくだりにきていて、眞冬も自分の人生という本を胸に受け止められる日がくるといいなと思う。
自分の人生という名の本を丸ごと愛せる日が、お互いにきますように。
2010.04.21 09:12 | URL | #41q05U9. [edit]
眞冬 says..."ichiiへ。"
片時も離れることのない自分。
離れるときはきっと死ぬときでしょう。

自分の記憶を選り分けて『無かったこと』になんて
出来てしまうなら、自分を生きなくてもいいと
思うこのごろです。
思うようにいかないのは確かに辛いけれど、
「思うようにしたくない」という自分もいて。
ある意味、とても大事な時期なのかなとも。
自分の片隅に耳を傾け、こころの声を聴く。
真実はいつも片隅にいる。そんな気がして。

ありがとうございます。
2010.04.21 15:35 | URL | #- [edit]
Hiro says...""
そうですね。
私も終わりは最期のときでいいかと思います。
全てが今に繋がっていますね。
最期のとき、何を見るのか、その時のお楽しみでしょうか。
2010.04.23 21:21 | URL | #6DmvVsvc [edit]
眞冬 says..."Hiroさんへ"
そうですよ^^。
しょっぱいも辛いも甘い旨いも人生の味覚。
ゴムを噛むような人生はいけません。
味のわかる人になりたいとおもいます。
最期に笑えるといいな、とおもいます。

ありがとうございます。
2010.04.24 05:34 | URL | #- [edit]

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