こころのいちばんやはらかいところ

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路上売りのうた


いや、違うんだ
それは売り物じゃない
いや、いいんだ

ぼくの前を往きすぎる靴が
何処に向かうのかとか
何処に帰るのかなんて
今はまったく興味も失せて

ぼくがそこを歩いたころは
彼が視界に入るたびに
胡散臭い一瞥を投げて
空ろな眼に囚われないよう

ぼくだけ時間を止めたくて
も少し眺めていたくて
きみをゴザに座らせて
思い出に尋ねたかっただけ

きみが彼の店先にしゃがみ
手作りの指輪をはめて
嬉しそうに強請った時
そんなおもちゃ止めろよ!と

きみがなぜ欲しがったのか
彼には分かっていても
ぼくには分からなくて
ごめんなさいね、と立ち上がる

きみはその後無口になって
ぼくから逃げるように
鼻歌なんかを口ずさむ
ああ、そう 確かこんな唄

いつしか彼は店をたたみ
何も無かったようにいつもの道

見えるはずの無いゴザのあと
ただ静かに座っていた
彼に見えていたものが
あの時のきみの哀しみだとしたら

あれからぼくは此処に座って
彼の空ろな眼を借りた


いや、違うんだ
それは売り物じゃない
いや、いいんだ



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